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最高裁判所第二小法廷 昭和44年(オ)1014号 判決 1970年1月23日

上告人(被告・控訴人) 松井藤太郎

右訴訟代理人弁護士 大橋茹

右訴訟復代理人弁護士 林吉彦

同 小島峰雄

被上告人(原告・被控訴人) 杉本広吉

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人大橋茹の上告理由第一点について。

土地所有者が、その所有権に基づき、地上に無権原で建築された建物の占有者に対し、建物から退去して土地を明け渡すべきことを求めることは、その権利行使として当然になしうるところであり、建物所有者に対して建物収去を命ずる判決が確定したのちか、あるいはその請求と同時にするのでなければ建物占有者に対する前記請求をすることは許されないとする論旨は、法律上の根拠を欠き、採用することができない。

上告代理人大橋茹の上告理由第二点、上告復代理人林吉彦の上告理由第一、二点、同小島峰雄の上告理由第二点について。

原審の事実認定は、挙示の証拠関係に照らし首肯することができ、右事実関係を前提とするときは、被上告人の上告人に対する本訴請求をもって信義則に反し権利の濫用にあたるものとはいえないとした原審の判断も正当であって、叙上認定判断の過程において、原判決にはなんら所論のような違法は認められない。各論旨は、原審の適法にした事実認定を非難し、あるいはその認定にそわない事実と独自の見解に立って原審の前記判断の違法をいうもので、採用することができない。

上告復代理人小島峰雄の上告理由第一点について。

同一所有者に属する土地およびその地上に存する建物が強制競売の結果所有者を異にするに至った場合であっても、原審認定のように右土地または建物を目的とする抵当権が存しないときは、民法三八八条を類推適用してその建物のため地上権の設定があったものとみなすべきではない(最高裁昭和三五年(オ)八三三号同三八年六月二五日第三小法廷判決、民集一七巻五号八〇〇頁参照)。これと同旨の見解に立ち、本件地上建物を競落した訴外榎本一岡の地上権を認めなかった原審の判断は正当であって、原判決に所論の法令違反はなく、これと異なる見解を主張する論旨は採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 草鹿浅之介 裁判官 城戸芳彦 裁判官 色川幸太郎 裁判官 村上朝一)

上告代理人大橋茹の上告理由<省略>

上告復代理人林吉彦の上告理由<省略>

上告復代理人小島峰雄の上告理由

第一点原判決には判決に影響を及ぼすこと明かな法令違反がある。

原審は、同一所有者に属する抵当権設定のない土地建物が強制競売の結果所有者を異にするに至った場合には民法第三八八条を類推適用出来ないと判示するがこれには承服し得ない。

(1)  そもそも建物は土地の利用関係を伴はずしては存立し得ないものであるから、建物につき建物としての効用を有する独立の不動産たる価値を認めんがためには、土地利用関係は建物に対し不可欠の附随関係にあるものとみとめなければならない。

されば建物の取引については通常その敷地たる土地の利用関係を伴うものとみるべきであり、また建物のある土地が取引せられるときはその土地は原則として建物のための利用関係によって制限されたものとみるべきである。

もちろん土地とその地上の建物とが同一の所有者に属する場合には建物存置のための土地利用関係は潜在的なものでこれを現実化する必要はない。

また所有者の意思によって土地または建物のいずれか一方を他へ譲渡するときは、当事者は賃借権もしくは地上権などの設定によって建物存置のための土地利用関係を現実化し得るのであるから特に法律の干渉を必要としない。

然し、同一所有者に属する土地または建物の一方に抵当権を設定するときは将来抵当権の実行された場合土地と建物の所有者を異にする事態の生ずることは十分予測し得るけれども、土地または建物の競売前に予め建物存置のための土地利用関係を現実化することは理論上不可能であるし、さればといって競売の際に現実化することも事実上不可能に近い。そこで右利用関係を現実化することが理論上不可能となったとき、即ち競売の行われたときに右利用関係が法律上当然現実化するものと擬制したのが民法三八八条である。

要するに右の規定は本来建物が土地を離れて存在し得ないものである関係上、出来るだけ建物としての存在を完うせしめんとする国民経済上の必要に根ざした公益上の理由によるものであって、当事者の意思によっても右規定の適用を排除し得ないものである。

右の如く、民法第三八八条の規定は建物の効用を全うせしめるという国民経済上の必要によるものと一般に解されているのであるが、更に建物に抵当権の設定された場合についてみると、これを経済的に云えばその建物として有する交換価値が担保に供されたのであるから競売の場合に競落人にこの交換価値を取得させることを意味する、即ちそれは競落人が同地上においてそのまま建物として所有し得るということに外ならない。土地、建物のいずれにも抵当権設定のない場合においてもこの理は異るところがない、即ち建物が強制競売される場合には、それは特別の事情のない限り建物として競売されるのであるから、従って、これを建物として……その建物として現に有する交換価値を……競落人に取得させることとなる。

かようにみるときは建物の競売される場合に抵当権の設定の有無によって実質上相異るところはない、と云うべきである。従って、土地、建物のいずれにも抵当権設定がない場合に第三八八条を類推適用すべきである、と思われる。

(2)  民法三八八条により地上建物の存在が完うせしめられることは、公益的見地から経済的なところであるが、法定地上権の根拠を右の点から説明するだけでは、更地に抵当権が設定されたとき、その後に建てられた建物が法定地上権の保護を受けられないことの説明がつかない、右の理由とは別に当事者の意思の推測という事が法定地上権制度の根拠をなすものと言わざるを得ない。

即ち、建物の交換価値ないし担保価値は当然にその敷地利用権をも包含して考えられていること、ゆえに建物と敷地とが同一所有者に属する状態でいずれか一方につき抵当権が設定されたときは、当事者は当然に利用権つきの、または利用権の附随したものとして取引すること、かくしてこのような前提-つまり抵当権設定者の意思と抵当権者の予期-を裏切らない限りでは、事実上右の利用権を具体化しえざる取引(競売)によって土地と建物が異る人に帰属するに至る瞬間右の利用権が現実化せられるものと取扱うことにその根拠を求めるべきである。

本件につきこれをみるに、本件建物を訴外榎本一岡が競落したのは、前所有者有限会社松尾呉服店代表者松尾松兵衛との間で建物に土地はつきものだから、建物競落後も本件土地を使用してよいとの諒解を得ていたので、最低競落価格九五七、五〇〇円に対し最高競落価格一二四万円を出捐して材木としてではなく建物としての価格で建物として競落したのである。

本件土地、建物の前所有者有限会社松尾呉服店の番頭であり且つ右会社の債権者であった被上告人は右事情を知悉していた。

訴外榎本一岡が本件建物を競落した後に、本件土地を競落した被上告人は右事情を知悉していたから、本件土地の使用が本件建物に付随する敷地利用権によって制限される事を承知で、本件土地を低価で競落したのである右の如き事情を考えれば、本件の場合に民法三八八条を類推適用して法定地上権の成立を認めるのが相当である。

(3)  昭和三五年一月一日施行の新国税徴収法は、一二七条で土地及びその上にある建物又は立木が滞納者の所有に属する場合において、その土地又は建物等の差押があり、その換価により、これらの所有者を異にするに至ったときは、その建物等につき、地上権が設定されたものとみなすと規定した。この規定は決して滞納処分にのみ特有な問題の解決として置かれるに至ったものとみるべきでなく強制執行にも共通ないわば広義の強制換価処分に必要不可欠な問題の対策をとりあえず滞納処分の側から規定したものと評価すべきである。蓋し、全く同じ角度から捉えられるべき競落人、買受人の地位が滞納処分によるものか、それとも強制競売によるものかによって画然異るという結果が導き出されるというのでは、あまりに形式論的解釈にすぎることは誰の目にも明らかであろうからである。

(4)  そもそも、同一人の所有に属する土地及びその地上建物のいずれか一方に対し強制競売が行われた場合に、若しその競売物件に抵当権が設定されていれば民法第三八八条により法定地上権が成立するけれども、そのいずれにも抵当権が存しないときは民法三八八条を直ちに適用し得ないことは明らかである。

しかし、建物の保全を目的として国民経済上の必要から制定された同条の立法趣旨並びに建物の敷地利用権を強化しその一体化を企図する法律改正の動向に照らして考えるとき後者の場合においても民法第三八八条を類推して地上建物のため法定地上権の成立を認めるべきである。

(5)  以上述べた理由により、原判決は民法三八八条の規定の解釈適用を誤り被上告人の本件建物退去、土地明渡の請求を違法に認めているのである。

第二点<省略>

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